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東京高等裁判所 昭和37年(ネ)2859号 判決 1964年1月23日

控訴人 練木宇兵衛

被控訴人 日本貿易信用株式会社

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決中、三九万三、八八〇円とこれに対する昭和三五年七月二九日から右完済にいたるまでの年五分の割合による金員の支払を求める請求を棄却した部分を除き、その余の請求を棄却した部分を取り消す。被控訴人は控訴人に対し金三四万三、四五五円およびこれに対する昭和三〇年六月二六日から右完済にいたるまでの年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、主文第一、二項同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張および証拠関係は下記一、二、三、のとおり附加するほかは原判決事実の欄に記載されているとおりである(ただし、同記載中、慰藉料等の支払を求める請求に関する部分、すなわち、同記載の控訴人の主張第二の一の(四)の部分を除く)から、これをここに引用する。

一、控訴人の主張

(一)  控訴人が昭和一六年一二月八日頃までに当時の台湾銀行スマラン支店になした七、九九九ギルダー四〇セントの預金は、当時のジヤワ銀行の発行にかかる蘭領東印度ギルダー貨すなわち、いわゆる現地ギルダー貨でなされたものである。

(二)  インドネシア共和国のルピア貨については外国為替及び外国貿易管理法(昭和二四年法律第二二八号)第七条第一項、第二項の規定によつて外国為替相場が定められていたのである。すなわち、控訴人の本件預金債権確定当時の右のルピア貨の為替平価は米貨一ドルにつき一一、四〇ルピアであり、本邦通貨の為替平貨価は米貨一ドルにつき三六〇円であつたから、リンク通貨たる米ドルにリンクする計算方法、すなわちいわゆるIMF平価方式により、当時インドネシア共和国通貨の裁定外国為替相場は一ルピアにつき本邦通貨「一一、四〇分の三六〇円」と定められていたというべきである。

そして、控訴人の預金した前記現地ギルダー貨と右のインドネシア共和国のルピア貨とは同種の通貨とみるべきであるから、現地ギルダー貨についても、当時その裁定外国為替相場が前同様に定められていたというべきである。

(三)  仮に右主張が認められないとしても、控訴人の預金した現地ギルダー貨は現にオランダ王国で流通している同国通貨たるダツチギルダー貨と同種の通貨とみるべきであるところ、本件預金債権確定当時右のダツチギルダー貨の為替平価は米貨一ドルにつき三、八〇ダツチギルダーであり、本邦通貨の為替平価は米貨一ドルにつき三六〇円であつたから、前記IMF平価方式により、オランダ王国通貨の裁定外国為替相場は一ダツチギルダーにつき本邦通貨「三、八〇分の三六〇円」と定められていたというべきである。

従つて、同法第七条第一項第二項、閉鎖機関令第一一条の三、第三項前段により、現地ギルダー貨表示の本件預金債権の本邦通貨への換算の換算率については右の相場によるべきであり、しかるときは本件預金債権は本邦通貨七五万七、八〇〇円の預金債権に換算されるべきである。よつて控訴人は被控訴人に対し右金員のうち、金三四万三、四五五円とこれに対する本件預金債権確定の日の翌日たる昭和三〇年六月二六日から右完済にいたるまでの年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(四)  原判決三枚目裏始より三行目から四行目にかけて「三四万三、四四五円」とあるのを「三四万三、四五五円」と訂正する。

二、被控訴代理人の主張

控訴人の前記一の主張事実のうち、(一)は認める、(二)、(三)は否認する。

三、証拠関係<省略>

理由

控訴人が大正四年頃当時の蘭領東印度ジヤワ島に渡り、昭和の初頃から昭和一六年一二月八日の太平洋戦争の始まるまで同島のチエリボン市において玩具雑貨類の輸入業を営んでいたことは原審における控訴人本人尋問の結果から認められ、控訴人が同日頃までに当時のジヤワ銀行にかかるギルダー貨、すなわち蘭領東印度ギルダー貨の戦前発行分、いわゆる現地ギルダー貨をもつて当時の台湾銀行スマラン支店に対し七、九九九ギルダー四〇セントの預金をしていたことは当事者間に争がない。

そして昭和二九年五月の閉鎖機関令の一部を改正する法律(同年法律第一〇五号)の施行により、台湾銀行(昭和二二年勅令第七四号閉鎖機関令に基く指定により閉鎖機関株式会社台湾銀行となる、以下単に台湾銀行という)は債権の確認と同時に同行に対する預金全額とこれの税引利息(すなわち、右預金全額に対する指定利率四割の割合による利息からさらにこの利息の一割に当る源泉所得税を差し引いたもの)とを支払う旨公表し、控訴人がこれに応じて前記の同行スマラン支店に対する預金債権の存することを同行に申立てたところ、同行特殊清算人上山英三が昭和三〇年六月二五日付で右預金債権を全額につき認めたので、同日控訴人の同行に対する右預金債権がその全額につき確定したこと、また、同行の控訴人に対する現地ギルダー貨表示の右の預金債務が閉鎖機関令(昭和二二年勅令第七四号、ただし、昭和二九年法律第一〇五号による改正後のもの、以下同じ)第二条第二項第四号に定める債務に当ること、以上の事実は当事者間に争がない。

また、成立に争のない甲第三、第四号証および本件弁論の全趣旨によると、同行特殊清算人上山英三が本件預金債務が確定した昭和三〇年六月二五日頃、現地ギルダー貨表示の本件預金債務の本邦通貨への換算の換算率は同令第一一条の三、第三号後段、昭和二九年大蔵省告示第九四二号に則り六ギルダーにつき本邦通貨一円の割合によるべきものとして、その預金債務額七、九九九ギルダー四〇セントを一、三三四円に換算し、かつこれに対する前記のような税引利息四八一円を加算した合計一、八一五円を控訴人に支払う旨決定し、その頃控訴人に対しこれの支払案内に及んだが、控訴人が右の換算率によることを不服とし、これの受領を拒んでいることが認められる。

そこで本件預金債務の本邦通貨への換算についての換算率について考える。

控訴人は右の現地ギルダー貨は同令第一一条の三、第三号前段、すなわち外国為替及び外国貿易管理法(昭和二四年法律第二二八号)第七条第一項又は第二項の規定により外国為替相場が定められているものである旨主張し、その前提としてインドネシア共和国のルピア貨は同法の右規定によりその外国為替相場が定められているものであり、かつ、右現地ギルダー貨は右ルピア貨と同種の通貨である旨主張する。

しかし、同法第七条第一項又は第二項の規定(同第二項は昭和三三年法律一五六号により改正されたが、その改正にかかわりなく)がインドネシア共和国通貨たるルピア貨につきその外国為替相場を定めているといえないことは明らかである。すなわち、同第二項(右の改正の前後を問わない)にいう「正しい裁定外国為替相場」とは、単に現実の取引市場で常に行われている現実の取引相場としての裁定外国為替相場を意味するものではなく、右の取引相場としての裁定外国為替の基準とするため特に大蔵大臣により公定公示されている裁定外国為替相場を意味するものであり、これの定めは、基準外国為替相場及び裁定外国為替相場昭和二四年大蔵省告示第九七〇号によつてなされており、同告示によると、同法第七条第二項にいう正しい裁定外国為替相場は、本件預金債権が確定した昭和三〇年六月二五日現在においては、連合王国通貨、カナダ国通貨、スイス連邦通貨につきそれぞれ「大蔵大臣が日本銀行本店において公示する相場」と定められていたこと、昭和三八年現在においては、アメリカ合衆国通貨以外の外国通貨につき「大蔵大臣が日本銀行本店において公示する相場」と定められているが、これに基き大蔵大臣が日本銀行本店で公示している相場は、連合王国通貨、カナダ国通貨、スイス連邦通貨、ドイツ連邦共和国通貨、スウエーデン王国通貨、フランス共和国通貨、オランダ王国通貨、ベルギー王国通貨、オーストリア共和国通貨、デンマーク王国通貨、イタリヤ共和国通貨、ノールウエー王国通貨、ポルトガル共和国通貨についての相場にとどまり、インドネシア共和国通貨の相場については公示するところがなく、従つて同法第七条第二項および同告示によつては同国通貨たるルピア貨につきその正しい裁定外国為替相場が定められたことのいまだなかつたことが明らかである。それ故控訴人主張のいわゆる現地ギルダー貨がインドネシア共和国通貨たるルピア貨と、同種の通貨であるかどうかを検討するまでもなく、控訴人の前記主張はその前提を欠き理由なしとして排斥を免れない。

次に控訴人は控訴人が預金した現地ギルダー貨は現にオランダ王国において流通している同国通貨たるダツチギルダー貨と同種の通貨とみるべきであるから、現地ギルダー貨表示の本件預金債権の本邦通貨への換算の換算率については右ダツチギルダー貨についての正しい裁定外国為替相場によるべきであると主張するので考える。

弁論の全趣旨によりその成立を認めうる乙第一号証の一、二、原審証人山野一雄の証言とこれによつてその成立を認めうる乙第五号証、原審証人今野修造の証言、成立に争のない甲第六号証の一、二、三、第七号証の一、二、第九号証、第一一号証の一、二、原審における控訴人本人尋問の結果によると次のように認められる。

インドネシアにおいては第二次大戦前前記のいわゆる現地ギルダー貨(すなわち、蘭領東印度ギルダー貨の戦前発行分)が流通していたが、昭和一七年三月同地域が日本軍の占領下におかれて以来軍政監により右通貨による預金の払戻が禁止されるとともに日本軍によつて外貨表示軍用手票(以下単に軍票という)が発行され、昭和一八年四月からは日本政府により南方開発金庫が設立されてこれにより南方開発金庫券(以下単に南発券という)が発行され、これとともに軍票は遂次回収され、同年一二月二九日からは旧預金の払戻が認められるようになつたが、この払戻は南発券でのみなされたのであつて、当時インドネシア地域においては軍票、南発券、現地ギルダー貨が等価値で流通していた。やがて、日本が敗戦を迎え、オランダ政府は同地域において昭和二一年三月に新ギルダー貨(蘭領東印度ギルダー貨の戦後発行方)を発行したが、昭和二四年一一月にはオランダの支配を脱してインドネシア共和国が誕生し、右の新ギルダーをルピアと改称するとともに、同国が自らルピア貨の貨幣政策を遂行するにいたり、その後同国においては蘭領東印度ギルダー貨の戦前発行分すなわち、いわゆる現地ギルダー貨と戦後発行分およびインドネシア共和国通貨たるルピア貨との三種の通貨が流通していた。

かように認めることができる。

しかし、いわゆる現地ギルダー貨がその後オランダ王国によつていかに取り扱かわれたか、とくにインドネシア共和国誕生後いかに取り扱われたかについての事情を的確に認めうる証拠がなく、結局、控訴人の預金した現地ギルダー貨がオランダ王国通貨たるダツチギルダー貨と同視して取り扱われるべきものとする根拠をみいだすことができない。従つて、控訴人の右主張もまた採用し難い。

他に本件預金債務が前記の同行特殊清算人が決定した換算率以上に有利な換算率をもつて換算されるべき根拠をみいだし難い。

以上の次第で、控訴人の本訴請求は理由がなく失当として棄却を免れず、これと結論を同じくする原判決は相当であつて、本件控訴は理由がない。

よつて、民事訴訟法第三八四条、第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 谷本仙一郎 堀田繁勝 海老塚和衛)

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